ホールD7に朝一で登場されたのは、伊藤恵さんと北村朋幹さんの師弟デュオ。今回は、とっても注目の公演だったのです。なんと、微妙~に調律のずれた二台のピアノのための作品を演奏されるというじゃないですか!これは聴いてみるしかありません。
会場に入ると、おや?これは珍しい。二台の楽器が写真のように、並行にならんでいるではありませんか。普通は向かい合わせなのに。
最初は、北村さん自らが編曲をした「白鳥の湖」の前奏曲。2台あるうちの1台にお二人がならんで座り、厳かでメランコリックな連弾が始まりました・・・が、最後のフレーズで伊藤さんが立ち上がり、2台目のピアノへ移動。そっとワンフレーズを弾いてみると......
「!!」(←私の心の同様)
ずれています!なんとも言いようのない音程で。ちょっと低い?ん?半音よりもさらに小さな、4分の1音くらい?うわ~~~~......
そして間をおくことなく始まりました。ロシア・アヴァンギャルドの作曲家ヴィシネグラツキー(1893~1979)の「2台のピアノのための24の前奏曲」。
ずれた音程......それによって生み出される効果は、独特な浮遊感、にごり、そして奥行き。うん、私、きらいじゃない。むしろちょっと、気持ちいいかも。音が完璧に調和しない。澄んでいない。濁ったり、淀んだり、うねりをみせる。それって、なんだか、人間そのもの、人生そのもののようではないですか。奇妙な周波数が、倍音が、にゅるりと私を包み込んで、そんな風に問いかけてくる。(←完全にイッちゃってる?)
日ごろ耳慣れた調律のデュオではぜったいに聞くことのない、不思議な音響の世界。曲は音の点をぽつぽつと打つようなフレーズが登場したり、メロディーラインの受け渡しがあったり、洒脱な揺らめきがあったかと思えば、打楽器のようにクールに和音を打ち鳴らすリズムも。24曲の激しく美しいドラマが展開していきました。
微妙~~~にずれた音程で途切れず、その耳慣れない世界に気分がちょっと...うっ...となってしまわれたお客さんもいたようです。曲の後半、ポツポツポツと、途中退場される方も。かのストラヴィンスキーの「春の祭典」だって、初演のコンサート中は賛否両論の怒号が飛び交ったと言いますから、耳慣れない音楽を聴いて「ちがうなぁ」と感じる人がいても不思議ではありませんね。
終演後のお二人です。
「実はこの作品、この作曲家が作った3段鍵盤があるピアノで、一人で演奏するために書かれたものなんです。鍵盤ごとに調律が変えられるピアノですが、今はもう今存在しない楽器です。それを今回僕たちは、2台で演奏したんです」と北村さん。
ところで、お二人が弾いていたそれぞれのピアノの音程、曲の前半後半で入れ代わったんです。お客さんは気付かれたでしょうか。
え?微妙に調律がずれた2台でしょ?一瞬で調律を全部変えるなんてそんなこと......可能なんです!実はあの演奏会で使われていた楽器は、ローランド社の「V-Piano Grand」という、最新鋭のデジタル・ピアノだったのです!電子ピアノのお化けのような、もんのすごい楽器。それで、一瞬にして全音程交換、なんて技が実現できたんですね。お・ど・ろ・き。とても貴重な演奏会でした!